飲食店店長から製造現場のリーダーへ。未経験から20年で築いた「現場ファースト」のマネジメント
高校卒業後、飲食チェーン店に入社し、新潟・福岡などで店長職を経験。2005年、エヌエス・テックに中途入社。製造派遣スタッフとして電機メーカー工場での勤務を経て、現場管理者へキャリアアップ。2014年に名古屋へ転勤し、現在は課長代理として愛知・静岡・三重の東海エリア3拠点を統括しているNさんに、異業種からの転身の裏側とキャリアアップの秘訣を伺いました。
不安よりも好奇心で未経験の製造派遣へ
―前職の業務と転職を決意したきっかけは何でしたか?
高校卒業後、地元で有名だった飲食店に就職しました。最初は新潟の店舗に配属され、調理やデリバリー業務からスタート。その後九州進出のタイミングで福岡に転勤となり、最終的には店長も任せていただきました。ただ、労働環境は過酷でしたね。1日17〜18時間働くのは当たり前で、調理などの業務にプラスして、アルバイトのシフト管理など全て一人で担当していました。それでも給与はなかなか上がらない、頑張っても報われない環境だと感じ、退職を決意しました。

―飲食店から異業種の転職を決めた理由を教えてください。
退職後は実家に戻り、次の仕事を探していました。正直なところ、エヌエス・テックを選んだ理由は「なんとなく面白そう」という軽い気持ちでした。地元の求人誌を見ていた際、たまたまエヌエス・テックの募集が目にとまりました。当時若かったこともあり、「ここに応募してみよう」と決めたのがきっかけです。
面接では「明日から静岡に行ける?」といきなり聞かれて驚きましたが、不安よりも「静岡ってどんなところだろう」「製造の仕事って何をするんだろう」というワクワク感の方が強かったですね。前職で新潟や福岡と転々としていたので、知らない土地で働くことへの抵抗感はありませんでした。
それに、実家にいると「どうしても甘えが生じてしまう」という思いもあり、一人で自立して生活しようと考えていました。だから、むしろ地元を離れて働けることがプラスに感じられました。
慣れない勤務体系でも周りに恵まれたから続けられた

―静岡の工場での業務内容について教えてください。
入社後は静岡にある大手電機メーカーの工場に派遣され、当時主流だった折りたたみ式携帯電話のカメラ部品や基板の製造・検査を担当していました。仕事自体は覚えてしまえばできるものでしたが、一番苦労したのは「生活リズム」です。
飲食店時代は激務ではあったものの、夜に寝て朝に起きるという生活だったのが、工場では夜勤や交代勤務は当たり前です。体がなかなか慣れず、ラインに立ちながら寝そうになるほど眠気と戦う日々もありました。
―生活リズムが変わり大変な中続けられた理由は何だったのですか?
一番の理由は、周りの人に恵まれていたことですね。現場には年上の方が多かったのですが、皆さんに本当に良くしていただきました。仕事が終わった後に一緒に食事に行ったり、困ったことがあれば相談に乗ってもらったりもしました。一人で知らない土地に来ましたが、孤独を感じることなく働けたのは職場の人達がいたからこそです。あの環境がなければ、続けられなかったと思います。
もちろん、前職と比較して給与が良かったのも大きかったです。働いた分がきちんと収入に反映され、「もう少し頑張ってみよう」というモチベーションにつながっていましたね。
現場経験を活かし、管理業務へ

―製造から管理の業務に変わったきっかけを教えてください。
入社して3年ほど経った頃、上司から「現場の管理をやってみないか」と声をかけていただいたのがきっかけです。製造ラインを離れ、品質管理や工程管理、請負業務を任されるようになったのですが、最初は派遣先メーカーの社員さんと自社スタッフとの「板挟み」の毎日に悩まされました。
メーカーの社員さんからは厳しい指摘を受け、自社のスタッフからは現場の不満や相談が上がってくる。その間に立ち、どちらの声にも応え、トラブル対応を行う必要がありました。
―製造現場での経験がどのように管理業務で活きましたか?
自分自身が製造ラインで働き、夜勤の辛さや仕事に慣れるまでの苦しさを身をもって経験したからこそ、スタッフの悩みに心から共感できるのだと思います。そのため、「自分も最初はそうだったからもう少し頑張ろう」「夜勤は慣れるまで大変だからもうひと踏ん張りしよう」といった、かつて自分が担当者の方に言われて救われた言葉や実体験を交え、スタッフに寄り添ったアドバイスを心がけています。これは現場出身の私だからこその強みであり、業務担当として働く今でも大きな財産になっていますね。
現場目線を大切にし、3拠点を管轄する

―課長代理になるまでの変遷を教えてください。
静岡の工場には9年間在籍しました。2014年に名古屋へ転勤となり、業務担当からスタート。その後、主任職、所長職へとステップアップし、現在の課長代理に至ります。
役職が上がるにつれて、管轄する範囲が一つの工場から複数拠点へと広がっていきました。業務担当としての仕事の本質は変わりませんが、見るべき範囲と責任が大きくなったという実感があります。
―課長代理としての業務内容を教えてください。
現在は愛知・静岡・三重の東海エリア3拠点を管轄しています。エヌエス・テックの製造キャリア正社員や派遣スタッフを含め、多くのスタッフが働いている現場を管理しています。
また、東海トレーニングセンターの管理・運営も任されています。ここでは設備保全員として活躍するための研修や、派遣先に配属される前の社内研修を実施。未経験の方でもしっかりスキルを身につけ、自信を持って現場に出られるような環境を整えることが私たちの役割です。
将来的には職業訓練校としての認定を目指しており、単なるスタッフの「管理」だけでなく、長く活躍できる人材の「育成」にも力を入れています。

―課長代理として苦労していることや悩んでいることは何ですか?
正直に言うと、課長代理になった今でも、部下への伝え方やマネジメントには毎日悩んでいます。自分の思い通りにいかないことの方が多いですね。
そんな時は、上司の振る舞いを観察して真似してみたり、分からないことは素直に相談したり、格好つけずに一歩一歩前に進むようにしています。完璧なマネージャーなんていないと思うので、試行錯誤していくしかないですね。
―課長代理として大切にしていることを教えてください。
拠点を管轄する立場になっても、「現場に足を運んで直接話す」ことは大切にしています。以前は常駐先の名古屋事業所目線での指示や対応が中心でしたが、今は意識的に静岡や三重の事業所にも足を運び、スタッフや取引先と顔を合わせる機会を増やしていますね。
ただ、拠点が離れているとどうしても直接会えないことも多い。だからこそ、質問や相談が来たら、その場で答えが分からなくても後で必ず回答を返すようにしています。そうした誠実なコミュニケーションの積み重ねが信頼につながると信じています。
世代や場所を問わず働ける環境を整えたい

―課長代理として今後目指していることがあればお聞かせください。
今後の目標の一つは、50代・60代のシニア層が活躍できる場を作ることです。製造現場は体力的にハードな部分もあり、年齢を重ねると続けるのが難しくなってくる方もいます。そういった方々の「次の働き場所がない」という声を聞くと、何か自分たちに出来ることはないかと感じています。私一人の力では難しいですが、会社として取り組んでいかなければならない課題だと感じています。
もう一つは、拠点の拡大です。現在は名古屋と静岡の掛川などに拠点がありますが、その中間地点、たとえば愛知県の刈谷や浜松といったエリアにも拠点を増やしていきたい。拠点が増えれば、より多くの人が地元の近くで働けるようになりますし、私自身のように未経験からステップアップできる環境を、もっと多くの方に届けられると思っています。
―最後に、求職者の方へメッセージをお願いします。
私自身がそうであったように、エヌエス・テックは未経験からでも、本人のやる気と努力次第でキャリアアップできる会社です。
製造業に対して「きつい」「大変そう」というイメージを持つ方は少なくないでしょう。確かに体を使う仕事ですし、私も最初は夜勤に慣れるまで苦労しました。でも今は、東海トレーニングセンターのような研修施設もあり、教育体制やフォロー体制がしっかり整っています。一歩踏み出してもらえれば、あとは私たちが全力でサポートします。迷っている方がいたら、ぜひその一歩を踏み出してみてください。